こんにちは。「いやしるーむ」カウンセラーのひろみです。

皆さんはお元気ですか?

私は、相変わらず…。毎年、季節の変わり目になると不調になります。

もうすぐ還暦なので若い頃のようにいかないのはわかっているんですが、生きるのは大変だなぁと常々思っています。

そんな時に、思い出すのは「正岡子規」の「悟り」の話です。

彼を知らない方のために簡単に説明をすると…

正岡子規は、俳句・短歌・小説など多方面に渡り創作活動をした人で、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした人物です。

その正岡子規は、晩年、結核が悪化し…脊椎カリエスの激しい痛みに耐えていました。

脊椎カリエスとは、結核菌が背骨に感染して骨が壊れていく病気です。

これはとても酷い激痛を伴うそうで、正岡子規は寝たきりの生活の中、毎日号泣していたそうです。

それは『病牀六尺』という随筆集にも詳しく書かれています。

『痛みに耐えられず、死ねるものなら死にたいと思っていた。』

『朝起きるのが苦痛で恐怖だった。』とあります。

何度も命を断とうとしては思いとどまったそうです。

で、ですね…

それだけの苦痛の中で、彼はこんな意味の言葉を残します。

『悟りとは、平気で死ぬことではなく、平気で生きることである』と…。

つまり、悟りとは、生きることに執着しない「いつでも死ねるぞ」ではない。

「何があっても淡々と生きていくこと」「平然とへっちゃらに生きていくこと」それが悟りなのだという心境に達したということです。

これ、すごいことですよね🤔

ましてや、彼が亡くなったのは享年35歳。

私の息子のような年齢でここまで言えるって…よっぽど辛かったんだと思います🤔

でも、不思議とこの言葉って人に勇気を与えてくれると思いませんか?

いつも『生きること・死ぬこと』をテーマのように考えてる私には、ズシンと入ってくる言葉でした。

ということで…

今回は正岡子規の「悟りの言葉」のご紹介でした。

ちなみに…

彼はその苦しみの中、花の美しさに気付き、最期は「自分の病気に感謝する」とまで言い切りました。

何かかっこいいですよね!

次に生まれ変わってくる時は、健康で長生きして、またこの日本で文筆活動をしてもらいたいものです😊

いや、もしかしてもう生まれ変わっていたりして…?😁

では、今日も最後までお読み頂きましてありがとうございました。

皆さんにとって、明日も良い日でありますように…。